キミとあるく - 久保家の物語 -
鯨井あめ
第二話「フェアなライバル」
「|満美《みつみ》。俺、中学受験するわ」
|亘《わたる》の突然の発言に、わたしは「えっ」と大きな声を出した。
わたしたちは、図書室から児童玄関に向かっている途中だった。一学期の終業式の日で、今日は本当に暑い。廊下もむわっとしている。亘はシャツの胸元を摘まんでぱたぱたと仰いでいた。わたしは額の汗を拭ったところだった。
「しないって言ってたやん」
「やってみたらええやんって、父さんと母さんが」
「えーっ」
亘とわたしは近所に住んでいて、小学校に入学してからずっと同じクラスで、小四から同じ塾に通っていて、いつの間にか勉強やスポーツの成績を競い合うようになった。いまは図書室の本の読破数でバトルしている。
わたしたちの競争には、ふたりで決めたルールがある。
①ズルや妨害をしないこと
②無理せず平等で公平な状態で挑むこと
③わからないことやできないことは教え合うこと
このルールを聞いて、お母さんは「はー、令和だねー」と不思議そうな顔をしていた。お父さん(海外に単身赴任中だから、電話越しに話した)も、「いいライバルだなぁ」としみじみしていた。亘のお父さんとお母さんも感心していたらしい。
このルールは、わたしと亘の誇りなのだ。
小学校生活最後のクラス替え――五年生のクラス替えで同じクラスになったとき、「中学でも、お互い良きライバルをやりましょう」と約束した。わたしはこのまま公立中学に進学する気でいた。
「フェアじゃなくなるやん」とわたし。歩きながら、ついつい、むっとしてしまう。「受験勉強するってことやろ? おもんなー」
「満美もやったらええやん。勉強好きやろ?」
「好きやけど」
「科学者になりたいんやろ?」
「なりたいけど」
「公開テストの成績も毎回ええやん。算数得意やん。いけるって」
「だって……そんなん、どっちかが落ちたらどうすんの? てかどこ受験すんの?」
「よくぞ訊いてくれました」亘がドヤ顔で告げたのは、電車通学が可能な附属中学の名前だ。「中高一貫校やから、合格したら高校卒業までライバルやれるで」
「うっ! ……え、てか、その学校は、さすがにレベル高ない?」
「まあ挑戦やからな。落ちたら死ぬってわけでもないし。ていうか中学受験って、小学生やからできることやん。ならやったほうが得やん?」
「どんな理由や。得かどうかは人によるやろ」
なんて返しつつ、確かに、と思う自分がいる。
わたしのお兄ちゃんは、高校二年生。お姉ちゃんは中学二年生。この前お母さんが、「上ふたりは受験が重なるね」とお父さんと電話で相談していた。そのときは「へー、みんな大変そう。がんばれー」って思ったけど、そこにわたしが加わるのも楽しそうだ。
「今日のうちに、お母さんに相談してみよかな。塾の先生にも」
「おっ! 前向きに検討してくれるってことやな!」亘が「よっしゃ!」と拳を握る。「やっぱライバルがおらな、張り合いないからな!」
すごく嬉しそうだ。わたしはなんだかくすぐったくなって、真似して拳を握る。
「負けへんよ! あ、国語は教えて」
「そこはお互い様や。算数は頼むわ」
拳を軽くぶつけ合うと、コンッとスタートの合図が鳴った。